図書館で借りた上橋菜穂子著「香君」上下巻を読んだ。
香りの声を聴くことができる主人公アイシャと異郷から来た奇跡の穀物オアレ稲の物語
上下巻合わせて約900ページを、2日間で一気に駆け抜けた。
上橋菜穂子の本はいつもそうだから、きっとこの作品もページを開いたら最後まで夢中になってしまうんだろうと思ったけどその通りになった。
ファンタジーではあるけれど、著者は虫や植物が発する香りについて専門家に直接教わったそうだ。
この物語を動かしていく中心にある「オアレ稲」には、
「ちょっと都合よくできすぎじゃない・・・?」
と思う特性がいろいろとあるのだが、
現実世界を支える細かな知識による裏付けがその違和感を吹き飛ばす。
植物が虫に食われると、助けを求めて悲鳴の香りを出すなんて、考えたこともなかった。
そういう視点がすごく新鮮で、嗅覚で世界を見るという未知の体験をすることができる。
香りがもし声を持っていたら、うるさくてたいへんだろう。
犬もにおいでいろんなものを識別している姿を見ると、別の世界が見えているのかなと思う。
オアレ稲の奇跡ぶり
いいところ:暑さにも寒さにも強い。やせた土地でも育つ。
おいしい。収穫量が多い。食べると発育がよくなる
基本的に虫がつかない(例外あり)
だめなところ:特殊な肥料を使わないと種籾がとれない
特殊な肥料を使わないと毒になって食べられない
したがって、この稲の種籾と肥料を独占することで、ウマール帝国は周りの国々を支配するということが可能になる。
「特殊な肥料を使わないと云々」
というところが、すごく都合の良い設定なわけです。
異界からもたらされたファンタジーな稲でなければ、
「そんな都合よくできた穀物ある?」
というクレームが出そうなくらい、物語にぴったりとはまっている。
そしてまた、この稲にまつわる謎が、ページをめくる手が止まらなくなる麻薬のような役割を果たす。
ちょっとわざとらしいピンチ
さらわれた同僚を一人で助けにいこう!と考えたとき。
ピンチにわざわざ飛び込んでいくんだろうな、とすぐに想像できた。
殺されてもおかしくない場面で主人公補正で助かっただけ。
物語を進めるうえで必要だったとはいえ、ここは無理やりな感じが否めない。
この物語に限らず、主人公がわざわざ一人で、危険だとわかってるところに飛び込んでいくことはよくある気がする。
いやいややめときなさい、と毎回ツッコミを入れずにはいられない。
当たり前のように本当に存在する異郷
精霊の守り人にも異郷というものが存在していて、人間の世界に影響を及ぼしていた。
香君の世界にも、この世とは違うことわりで成り立つ異郷が存在する。
その扉がなぜ開くのかも、どこにあるのかも定かではないけれど、それはたしかにあってときたま人が迷い込んだり戻ってきたり。
そこで過ごした記憶は失われてしまうようにできている。
楽園のように思えるその場所も、どうやら変化しているらしい。
どちらかというと悪い方向に。
曖昧に描かれるからこそ、異郷は魅力を失うことがない。
人も虫も植物も、ただ生きるために最善を尽くす
この物語はファンタジーだけど、理由もなく人を殺したり、世界を滅亡させようとする悪者はいない。
主人公を殺そうとする者も、世界を地獄に突き落とそうとするものも、そうするしかない、というそれぞれの目的をもっている。
自分の正義のために。自分が生きのびるために。
そうやってそれぞれの思惑で、世界は動いている。
目が離せなくなるのは、絶望の未来へと絡まりあった運命の行く先に、希望があると信じているから。
そしてこの物語は正しい道を目指して進む人々の姿で終わるのですが。
本物の香君がいなくなったあとのことを想像すると、また同じような悲劇の歴史が繰り返されるにちがいないと予想できてしまう。
それくらい、人間は愚かしい生き物だ。